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仙台高等裁判所 平成3年(う)81号 判決 1992年6月01日

本店所在地

青森県北津軽郡鶴田町大字中野字花岡一八四番地二

有限会社

木村畜産

(右代表者代表取締役 木村千恵子)

本籍

青森県北津軽郡鶴田町大字鶴田字前田六六番地一号

住居

青森県北津軽郡鶴田町大字中野字花岡一八四番地二

会社役員

木村一味

昭和六年二月一六日生

右の者らに対する法人税法違反、被告人木村一味に対する詐欺各被告事件について、平成三年六月二六日青森地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から各控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官梅村進出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決中被告人木村一味に関する部分を破棄する。

被告人木村一味を懲役二年に処する。

被告人木村一味に対し、原審における未決勾留日数中一〇日を右刑に算入する。

原審における訴訟費用は被告人木村一味の負担とする。

被告人有限会社木村畜産の本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人石田恒久、同島田種次、同鈴木善和連名提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官岡準三提出の答弁書に、各記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点 被告人木村一味に対する量刑不当の主張について

所論は要するに、被告人木村一味に対する原判決の量刑は、刑の執行を猶予しなかった点で重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査して検討するのに、本件は、養豚業を営む被告人有限会社木村畜産(以下、被告会社という。)の代表取締役として同会社の業務全般を統括していた被告人木村一味(以下、単に被告人という。)が、原判示第一の一ないし四のとおり、昭和六〇年六月決算期から昭和六三年六月決算期までの四事業年度にわたり、被告会社の法人税合計八九六五万二〇〇〇円を脱税したという法人税法違反と、第二のとおり、被告会社の不要となった豚舎七棟を人為的に倒壊させた上、あたかも雪の重みで倒壊したかのように装い、建物更生共済金合計七二二四万二六三〇円を被告人が開設していた貯金口座に振り込ませ財産上不法の利益を得たという詐欺の事案である。

法人税法違反の事実については、脱税が長期間にわたり脱税額も多額であること、そのほ脱率が平均約九四パーセントと高率である上、動機も社内資金留保というもので格別同情すべきものはないこと、手段、方法は、多数の簿外口座を利用し、農業協同組合から受け取った肉畜販売奨励金、いわゆるバックリベート、前記のとおり取得した建物更生共済金等の雑収入及び売上収入等を計画的かつ巧妙に秘匿しているものであること、特に肉畜販売奨励金の除外は公的な性格をもつ収入を除外したもので奨励金の趣旨に悖るものであり、またバックリベート合計一億八九〇万円は、被告会社が国及び青森県から畜産経営移転促進事業として約二億八〇〇〇万円の補助金を受け、総工費約四億八〇〇〇万円で豚舎を建設するに際し、建設請負業者に対し強引に要求し交付させたもので、その金額が高額であるばかりでなく、そのすべて(総工費に対しては約二三パーセント、補助金額に対しては約三九パーセント)を除外して脱税することはこれまた補助金交付の趣旨に悖る行為というべきであり、更に、受取共済金の内七二二四万二六三〇円は原判示第二の詐欺によって得た収入であって、犯行態様は悪質なものがあること、詐欺の事実については、巨額に上るいわゆる保険金詐欺の事案で、これまた悪質で計画的、かつ大胆な犯行であり、原判示組合に与えた損害が多大であること、保険知識を悪用し保険制度の社会的信用を害した点も軽軽しく看過できないこと等を考えると被告人の刑事責任は非常に重いといわざるを得ない。

従って、法人税法違反については、被告会社が本税、重加算税、延滞税の合計一億三八六四万九七三五円を完納しているほか、地方税の本税、延滞金、重加算金三五二〇万二九〇〇円を支払っていること、詐欺については、被害組合に対し和解金七三二四万二六三〇円を支払って示談を成立させていること、本件が広く報道されたことにより相当の社会的制裁を受けていること、被告人にはこれまで前科前歴がないこと、その他反省状況、社会的地位、被告会社の事業の見通し等所論の指摘する被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌してみても、被告人を懲役二年六月の実刑に処した原判決の量刑は、なおその時点においてはやむを得ないものというべきである(なお、騙取による建物更生共済金七二二四万二六三〇円の所得については、実質的な脱税に当たらないとする所論については、後記控訴趣意第二点に対する説示を参照。また、所論は、本件よりはるかに多額の脱税、背任、業務上横領の事案で執行猶予の付された所論指摘の判決等との対比からいっても、原判決の実刑は不当である旨主張するが、右判決等の事案は本件と事実関係を異にし、従って犯情も異なるのであるから、所論の非難は当たらない。)

しかし、当審における事実取調べの結果によれば、被告会社が地方税の延滞金、重加算金としてその後原判決言渡し当時まで四七四万円、原判決後六三二万円の合計一一〇六万円を支払い地方税も完納したことが認められるので、これを前示情状に併せて被告人に対する量刑を改めて検討してみると、現時点においては、被告人に対し刑の執行を猶予するのが相当とまでは認められないにしても、刑期についてはこれを原判決より軽減するのが相当と認められる。

そこで、刑事訴訟法三九七条二項により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件につき更に判決することとし、被告人について原判決の認定した事実に原判決と同一の法令を適用処断した刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一〇日を右刑に算入し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

控訴趣意第二点 被告会社に対する量刑不当の主張について

所論は要するに、被告会社に対する罰金刑の量刑は、高額に過ぎる点で重過ぎて不当である、というのである。

そこで、検討するのに、前述した本件法人税法違反のほ脱税が合計八九六五万二〇〇〇円に上ること及びその手段、方法等に照らすと、被告会社を罰金二五〇〇万円に処した原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。

所論は、本件で騙取した建物更生共済金七二二四万二六三〇円については、(1)法人税法四七条一項、同法施行令八五条により圧縮記帳の処理によって損金に算入することができた場合であり、(2)また、騙取と同時に不法行為による損害賠償債務が発生しており、かつ現に平成二年一一月三〇日全額を弁償したので、本件が所得税法上の問題であったならば同法一五二条、同法施行令二七四条により課税した年分について減額更正ができる場合であったから、右所得については実質的な脱税があったとはいえず、本件の量刑に当たってはこの点を考慮し、右七二二四万二六三〇円の所得に対する税金分を控除した実質的脱税額五九三一万円をもって罰金刑の量刑の基準とすべきである、と主張する。

一  しかし、(1)については、名目は建物更生共済金であるが、実質は詐欺による所得であって、法人税法四七条一項所定の固定資産の滅失又は損壊によって支払を受けた保険金等であるとはいえないのみならず、当該事業年度においてその保険金等をもって代替資産を取得したり資産を改良したりした事実も認められず、そもそも所得としての申告をしていなかったものであるから、いずれにしても圧縮記帳ができるような場合とは認められず、(2)については、法人税法には所得税法一五二条、同法施行令二七四条のような更正の請求に関する規定は見当らず、法人税法上は、詐欺による取消し等により、その返還債務が確定した時点における損失として考えているものと解され(法人税法二二条三項三号参照。)、実際、本件においても、当審における被告人質問の結果によれば、右弁償金は、和解交渉において弁償額が確定し、それが支払われた平成三年六月決算期事業年度の損金として税法上の処理がなされていることが窺われるから、本件における実質的な脱税額が五九三一万円であるとする所論はいずれも前提を欠き、採用することができない。論旨は理由がない。

一  従って、刑事訴訟法三九六条により被告会社の本件控訴はこれを棄却するべきものである。

一  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊達夫 裁判官 泉山禎治 裁判官 堀田良一)

平成三年(う)第八一号

○ 控訴趣意書

被告人 有限会社木村畜産

被告人 木村一味

右の者らに対する法人税法違反及び被告人木村一味に対する詐欺各被告事件につき、平成三年六月二六日青森地方裁判所が言渡した判決に対し、控訴を申立てた理由は左記のとおりである。

平成三年九月二五日

右弁護人 石田恒久

同 島田種次

同 鈴木善和

仙台高等裁判所第二刑事部 御中

第一点 原判決の刑は量定は重きに失し、不当である。

すなわち、原判決が被告人木村一味(以下「被告人木村」という)に対し実刑を以て処断したことは不当であり、原判決を破棄して、執行猶予の判決を求める。

一、原判決は、「量刑の理由」において、

本件は畜産業を大規模に経営していた被告人が、被告会社の経営規模の拡大や社内留保資金を蓄える目的でで、四事業年度にわたって合計九〇〇〇万円近くの法人税を脱税した他、不要の豚舎を人為的に倒壊させて七二〇〇万円余りの建物更生共済金を騙取したという事案である。

としたうえで、脱税に関しては、

(1) 長期間にわたって相当額の法人税を逋脱し、当該年度内の脱税率も総計で九五パーセント近くの高率にのぼっていること

(2) 収入除外した収入には肉畜産販売奨励金がある他、国等の補助金と自己資金を合わした豚舎建設に際し、請負業者から高額なバックリベートを得ていること等、雑収入の性質、バックリベート、共済金等を得た手段方法に照らし、その犯情が悪質であること

(3) 秘匿方法は他にも売上除外、架空賃金給料、雑給の計上、減価償却費の水増等、多岐にわたること

また、建物更生共済金の詐欺に関しては、

(1) 騙取した利益金額がこの種事犯として多大であること

(2) 自ら従業員に命令して豚舎七棟の大規模な倒壊作業を行わせ、雪害を装って共済金を請求し、共済金支払の査察前従業員を口止めし、査察時には従業員を外出させる等の周到な工作を行つており、悪質かつ重大な犯行であること

を理由に、被告人らの酌量すべき一切の事情を考慮しても、本件各事案の実行者の刑事責任は重く、有利な事情は刑期で考慮し、求刑四年の懲役刑に対し、懲役二年六月の実刑を科している。

二、しかし、そもそも原判決は、本件事犯がいずれも財産犯であり、量刑の最も基本となる財産的侵害の回復の有無について、騙取金額を上回る七三〇〇万円余りが返済されているうえ、修正申告による法人税については、延滞税、重加算税、県民税等すべて完納しており、原判決時点においてはほぼ完全に財産的被害が回復している点を過少評価している。

すなわち、原審における納税状況報告書から明らかなとおり、四事業年度にわたり合計九〇〇〇万円近くの法人税の脱税をしていたものの、法人税については本税、重加算税、延滞税含めて一億三八六四万円余を納税済であり、その他県民税、事業税の本税は完納済、延滞金及び加算金は約束手形を県税事務所宛に預託する方法による納税委託済であり、その合計は三五二〇万円余に達する。

右預託の手形も、平成三年八月迄約定どおり決済されており、平成四年一月末日には完納の予定である。

要するに脱税金額をはるかに越える計一億七三〇〇万円余の税金を納付しているのであって、国の課税権を侵害したことによる制裁は十二分に受けている。まして、本件では詐欺罪と認定され、かつ収入除外した七三〇〇万円余の建物更生共済金も返還していることを考慮すれば、被害者に該る国、鶴田町農協の財産上の損害は、ほぼ完全に回復しているのである。

しかも、鶴田町農協との間の示談が成立し、同農協が被告人に宥恕の意思を表明していることも、被告人木村及び妻木村千恵子の公判廷の供述からも明らかである。

原判決はかかる宥恕の意思を認定していないが、平成二年一〇月二二日付示談契約書の原本にはその旨が記載されていること、右示談書は被告人木村の弁護人石田恒久と鶴田町農協及びその上部団体である青森県共済農協連合会から委任を受けた石岡隆司弁護士との間で、示談交渉を進め、煮詰めたうえで、実際の示談書作成当日には青森市の農業会館において、鶴田町農協組合長一戸豊及び当時の青森県共済農協連合会参事小中功らが立会のもと双方納得のうえで締結されたものである。

検察官は第三回公判において弁護人側に開示することもなく突然神友吉証人を申請し、同証人は鶴田町農協の理事として被告人木村に対し厳重処罰を望む旨取調官に供述したこと、その気持ちは証言後でも変わらないことを証言し、かつ右示談契約書は、鶴田町農協の理事会に討議されなかった旨を述べている。

しかし、神友吉証人は従来被告人木村と親友であったものの、近時個人的に敵対関係にあり、鶴田町農協を代表した被害者感情を述べる立場にはない。

むしろ、神証人を除く他の一〇名の理事はいずれも被告人木村に対し、寛大な処分、特に社会内処遇、すなわち執行猶予の判決を望む旨の減軽嘆願書を作成していることからも、示談契約の有効性、そして被害者鶴田町農協の宥恕の意思が正しく認定できるというべきである。

なお、鶴田町農協の定款第三四条によれば、かような示談契約の締結について、当然に理事会の議決が必要というものではない。

三、さて、脱税に関しては、国税速報から明確なように昭和六三年、平成元年の脱税の告発事件の一件当りの平均は、三億円を越えており、四事業年度で九〇〇〇万円弱という被告人の脱税額は、脱税事案としてはむしろ例外的に少額といってよい。

しかも、後述の「第二点」のように、被告人有限会社木村畜産(以下「被告会社」という)の実質的逋脱税額は五九三一万円であると見られることからすれば、右は、更に強調されるべき点である。

なお、逋脱税額の点について、検察官の論告では、「確かに本件が全国的にみれば、国税査察官が告発する事件の中で脱税額が巨額とは言えない」ことは認めながらも、「全国的な裁判実例を見れば逋脱税額が、一億円程度でも、その態様が悪質な場合には、実刑に処せられる例が認められている。」などと述べられているが、弁護人の調査経験によれば、そのような事例は、仮にあったとしても、同種前科があったりまた異種前科であっても執行猶予中の犯行であったりするものである。前科前歴の全くない者に対して、近年、本件程度の脱税額で実刑に処せられた例は皆無である。

ちなみに、所得税法違反に対する盛岡地方裁判所昭和六〇年五月二四日の判決は、逋脱税額九〇五八万円の事件であるが、確かに、第一審では、前科前歴無し・納税は完納であったにもかかわらず、懲役一〇月実刑及び罰金二〇〇〇万円という判決が下されている。しかし、控訴審の仙台高等裁判所では、見識を示して原判決を破棄して執行猶予の判決を下しているのである。

そして、原判決前記一(1)乃至(3)のとおりの事実があったにせよ、他方では、

(1) 被告人木村の所得秘匿工作や簿外益金の秘匿工作は巧妙なものではないこと

(2) 簿外益金のうち、相当額は社内に留保され、被告会社への役員借入金として被告会社の事業に利用されたこと

の有利な事情も認定している。

確かに、前記(1)乃至(3)の点は被告人木村に責があるものの、被告会社を担当していた顧問の税理士であった山崎淳一の指導が適切でなかった点は否めず、この事実は同税理士自身も認め、被告人木村及び被告会社に迷惑をかけたことを詫びている事実も存する。

また、特に、原判決前記(2)の点のうち、共済金を得た手段方法が悪質であるという点は、詐欺の点で評価すべきであって、後述「第二点」のとおり、むしろ実質的な逋脱税額をその分減少させるという観点から、法人税法違反の罪質としては、有利な情状となるものであると思料されるものである。

更には、原判決前記(3)の点については、証人蝦名保定の公判廷における供述にあるように、簿外の経費が一億三〇〇〇万円程もあることを合わせて勘案するならば、それは経理体制が杜撰であったことに起因するものであって、直ちに、罪質の悪さを示すものとは決して言えないのである。

四、他方詐欺に関しては、騙取金額が大きいとしても、それ自体回復されていることは原判決も認めている。

原判決は、手段、方法が悪質である点論難するが、被告人木村が当初から雪害を装って共済金を騙取しようとしたものではない。

すなわち、被告人木村は豚舎の屋根に積もった雪による損壊を免れるべく、一戸宏樹ら従業員に屋根の雪降ろし作業をさせたり、外部の建設業者に当該作業を委託したりした。また、倒壊防止のため、支柱による補強等を実施していたし、一戸の雪降ろし作業中、大事故になりかねない怪我をし、雪降ろし作業の継続が困難になった状況下で、従業員の荒川・山崎両名から自然倒壊すれば、共済金が入るとの発言が契機となり、豚舎の人為的倒壊に至ったものである。

その際、後かたづけ費用に五〇〇万円位かかるので、せいぜい一五〇〇万円の共済金が入れば十分と考えていたものであり、当初から七〇〇〇万円余の共済金の取得を狙っていたものではない。

五、被告人木村は保釈中必死になって働き、かろうじて被告会社の倒産を回避している状況である。

原審で実刑判決が下され、県内に広く報道された今日では、すべての金融機関が被告会社及び被告人木村への融資をストップしている。七〇〇〇万円余の飼料の購買代金も一時延滞したため、県経済連との飼料供給は中止されている状況にあり、被告人木村が現実に刑務所に収容され、二年半もの間服役しているならば、被告会社も倒産必至の状況である。

その他、被告人木村は経済的にも社会的にも十二分な制裁を既に受けているし、前科、前歴が全くないこと、被告人木村が反省悔悟していること、蝦名税理士の指導のもと、今後適正な経理処理を行い、再犯の虞は全くないこと、被告人木村の年令、被告人木村の社会的地位等を考慮すると、懲役刑の執行猶予が相当でなく、実刑相当とされた点は弁護人としては全く納得し難い。

結局、原判決の立場では所論の犯行後は、被告人木村が如何なる善行を保持しようと、刑務所での服役は免れず、せいぜいその期間を求刑より短縮させるだけにすぎない。その結果、被告会社が倒産しようと、被告人木村の自業自得であり、裁判所の関与しないことであるというものである。

弁護人も、実刑判決が相当な脱税及び財産犯事案は存在すると考える。

しかし、被告人木村のような種々有利な事情が認められる本件で、何故実刑判決を死守しなければならないのか。一罰百戒、一般予防を重視したものと解する他ないが、検察官の四年の懲役刑の求刑にとらわれすぎているのではないかとの懸念も払拭できない。

六、その他、本件よりはるかに多額の三億五九〇〇万円余の脱税及び約七億六七〇〇万円の背任、業務上横領の事案で執行猶予を付された判決(昭和六一年(う)第六一〇号東京高等裁判所第一刑事部昭和六三年七月一八日宣告)との対比からいっても、原判決の実刑判決は酷すぎて不当であると確信する。

第二点 被告会社を罰金二五〇〇万円(求刑三〇〇〇万円)に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である。

一、量刑にあたっては、実質的逋脱税額を考慮すべきである。

税法違反事件における罰金額の量刑は、通常、逋脱税額を基準として、その三〇%、判決においては求刑に連動してその八〇%くらいの金額となるものとされている。本件における逋脱税額は八九六五万二〇〇〇円であるとの原審の認定であるから、求刑が三〇〇〇万円、判決が二五〇〇万円というは、一見したところ、正に右通常の量刑基準に則ったものともいえる。

しかしながら、租税犯に対する罰金といえども、行政処分である重加算税ではなく、刑罰であるからには、そこに単なる形式的な数字ではなしに、実質的な数字に置き直す配慮をした上で、罰金額の量刑の基準とすべきものである。勿論、このような考え方は、弁護人の独自の見解ではなく、これまでの多くの裁判例においても採用されているものである。

例えば、東京地裁昭和五四年九月一九日判決(判例タイムズ四一四号一三八頁)では逋脱税額が七一三七万円の法人税法違反事件で、求刑が罰金二〇〇〇万円(約二八%)であったにもかかわらず、判決は八〇〇万円というものであって、逋脱税額に対する割合は一一・二〇%となっているのである。これは同業他社の大部分が適用を受けている租税減免、繰延の特例規程を顧問税理士の助言が不十分であったこともあって適用しなかったが故に法人税法上多額の課税所得を生じてしまったという事案であって、この点が、実質的所得という観点から量刑上特に考慮されたものといえるものである。

また、東京地裁昭和六一年三月六日判決(税務訴訟資料第一六八号)は、六億四八〇五万〇八七八円の背任、一億一九六六万四九七〇円の業務上横領、逋脱税額三億五九四八万七一〇〇円の所得税法違反という、正に巨額経済事件についてのものであるが、これについて、検察官の求刑は懲役六年及び罰金一億円というものであった。この罰金についての求刑は、逋脱税額の二七・八%というものがあったが、判決では、三〇〇〇万円にまで大幅に減額されているのである。この三〇〇〇万円という金額は、逋脱税額の八・三%に過ぎないものであるが、これは、右逋脱所得の大部分が背任、横領による所得であるところ、既に被害者に全額の弁償がなされていることから、罪となるべき事実としての逋脱税額から右弁償にかかる金額に対する税額を控除した実質的逋脱税額を基準として量刑の基礎としたが故のことである。

なお、右判決では、懲役刑については懲役三年六月が宣告され(求刑は懲役六年)たものの、被告人側から控訴がなされその結果、東京高裁は、昭和六三年七月一八日(税務訴訟資料第一六八号一三八二頁)、原審と殆ど相違しない理由により懲役三年、執行猶予五年の判決を言い渡しているものである。

二、本件における実質的逋脱税額は、五九三一万円である。

1 本件の罪となるべき事実としての逋脱税額は八九六五万二〇〇〇円であるが、実質的逋脱税額という観点からは、建物共済金七二二四万二六三〇円に対する法人税額三〇三四万一九〇四円を右八九六五万二〇〇〇円から控除した金額をもって逋脱税額と考えるべきであって、この金額は五九三一万円である。

2 そもそも所得税法上は、損害保険契約に基づく保険金及びこれに準ずる共済契約に基づく共済金で資産の損害に基して支払をうけるものについては所得税は課されないこととされている(取得税法九条一項一六号、同施行令三〇条二号)。これは、保険差益に課税すると、被害資産に代わる新しい資産の取得等が困難となって、言わば縮小再生産となってしまうことを考慮したことによるものである。このような考慮は、法人税法においても当然あてはまるものであって、ただ、法人税法上は、圧縮記帳という経理処置を、手続的な要件としているに過ぎないのである(法人税法四七条、同施行令八五条)。

すなわち、建物共済金から生ずる保険差益については、個人であればなんらの会計処理をも必要とせずに非課税となるが、法人の場合であっても、圧縮記帳の会計処理を行って、通常当然に、当該事業年度における課税を免れよって課税の繰延をはかるべき性質の所得というべきものなのである。

それでは、何故、被告会社では右圧縮記帳をしなかったのか。この点について、被告人木村の検察官に対する供述調書(検乙12、平成二年五月一四日付)には、次のとおり記載されている。

「 この金の入金先を簿外預金にしたのは私としてはこの共済金を丸山農場の増築工事の資金にしようと思っていたのですが、共済金については税法上の特典がないと思っていたので、もしこの保険金を公表上で受ければ課税処分の対象となり損をすると思ったのです。

ですから、一旦簿外で共済金を受領した後で簿外の経費として大部分を使いました。

四 査察が入ってからこの共済金については公表上で受入れ公表上で丸山農場の増築資金としておけばこの共済金の受領についても大部分最終的には経費として処理出来ると判りました。

つまり税法の理解を誤って考えていたため自分で勝手に一人相撲をして脱税してしまったものです。

五 山崎税理士事務所の伊藤さんや山崎税理士から事前に共済金の効果的な税務処理を教えて貰っていたらこんな事にはならなかったと思います。

(中略)

六 この様にこの共済金七二〇〇万円については申告しなかったことはまちがいありませんがそれが私が税法に詳しくなかったためであり税法にもう少し詳しければ確定申告したのではないかと思います。また、被告人木村の公判廷における供述(第四回公判)によれば、右建物共済金について会社の利益に計上しなかった動機として次のように述べている。

「 そもそも農協の方から、『契約上は個人で契約してあるんだから、個人の場合のこういう保険金は、税金掛からないんだから、それは個人の裁量でどういうふうに口座を作ろうとも、使おうとも、それは自由だ。』というふうに言われたんで、会社のあれには上げませんでした。」

以上の被告人木村の供述から認められることは、被告人木村には、圧縮記帳ということに対する知識が全く欠落していということである。検察官に対する供述と公判廷での供述の差異は大変微妙であるが、両者を良く吟味してみれば、要するに、被告人木村の気持ちは、建物共済金を受け取ったものの、共済契約は個人で結んでいたことから農協からは非課税である旨の指導を受け、またそれを安易に誤信した結果、専門家である税理士の判断を受けずに、従って圧縮記帳が必要であることも知らないで、結局、申告しなかったというものであって、多少論理的ではないかもしれないが、それが素直な偽らざるところであると思料されるのである。

しかも、証人蝦名保定の公判廷における供述によれば、被告会社の会計処理上、建物共済金の掛金が保険料として計上されていること及び昭和六三年六月期には建物が倒壊したことについて雑損失として経理処理がなされていることからすれば、その当時、被告会社の決算及び税務申告の依頼を受けていた山崎税理士は、共済金についての適切な税務処理、つまり圧縮記帳について、適切な指導を行い得たのにそれを怠ったものと認められるものである。

そうすると、右建物共済金七二二四万二六三〇円(正確には、固定資産除去損である九七九万五〇六〇円を控除した共済金差益の六二四四万七五〇〇円)は、通常の法人であれば、当然適用を受ける租税減免・繰延のための規定の適用を受けるための会計処理を、顧問税理士の助言が不十分であったこともあって、結果的に、租税減免・繰延の規定の適用を受けられなくなったがために課税所得となってしまったものというべきものであって、実質的逋脱所得・実質的逋脱税額からは除外されるべきものといえるのである。

3 右「2」は、建物共済金の性質を通常のものと見た場合の実質的逋脱所得・実質的逋脱税額についての考え方であるが、本件では、この建物共済金七二二四万二六三〇円は、罪となるべき事実第二点にあるように、騙取金としての性格も合わせ持っているものである。

ところで、騙取金のような違法な原因に基づき得た所得といえども、それは益金となることをさまたげない旨の原審の判断自体については、弁護人としても特に争うものではない。即ち、被告会社としては、次のように騙取金についても益金として計上すべきであったというこであろう。

[仕訳<1>](借方)現金 七二二四万二六三〇円

(貸方) 七二二四万二六三〇円

しかしながら、この騙取益金は、法律上、賠償義務を同時に発生させるため、次の[仕訳<2>]のような会計上の処理も当然伴うのではないか、というのが原審で弁護人が提起した疑問の実態である。

[仕訳<2>](借方)損害金支払義務損 七二二四万二六三〇円

(貸方)損害金支払義務 七二二四万二六三〇円

そして、右の[仕訳<1>]と[仕訳<2>]が同一の会計年度になされれば騙取益金と損害金支払義務損金とは相殺されて、要するに、所得が発生しないことになるという点を、費用収益対応原則の観点から論じたのが弁護人の原審での疑問であったのである。

これに対する原審の判断は、平たく言えば、要するに、右損害金支払義務損は、被告会社で隠していて世間に発覚していない以上、損金に認めないということである。要するに、会社が隠していた損失は、少なくとも、騙取金に伴うようなものは、その損金としては認めないというものなのである。

いずれにせよ、被告人木村は、平成二年一〇月二二日、損害金支払義務のあることを被害者に対し正式に認め(弁7 示談書)、同年一一月三〇日にその支払を実行しているのである。したがって、少なくとも、平成二年一〇月二二日には、原審の考え方に立っても、[仕訳<2>]のとおり計上出来て、同年一一月三〇日には、次の[仕訳<3>]のとおり計上することになるのである。

[仕訳<3>](借方)損害金支払義務・損害金支払損

七三二四万二六三〇円

(貸方)現金 七三二四万二六三〇円

そうすると、原審の考え方に立っても、平成三年六月期には、右騙取金七二二四万二六三〇円に対応する損金の計上が税法上の計算においても可能になるということであるが、これが仮に、所得税法上の問題であったならば、同法一五二条による更生の請求によって、昭和六三年度に遡って、騙取金を収入から除外することが出来るものとされているのであって、このような措置は実質的な所得に対して課税しようとする税法の考えの反映であるといえるのである(ちなみに、右の東京高裁判決昭和六三年七月一八日の事案では、

「所得税法違反の関係では、(略)背任・業務上横領の被害の全額を弁償したので、被告人は昭和六〇年一〇月五日立川税務署長に対し所得税法一五二条、同施行令二七四条により本件対象年度の確定所得金額につき更生請求をし、同年一一月三〇日更生決定を受け、背任・業務上横領で得た金額を全額減額され」ているものである)。したがって、右のような制度のない法人税法の適用される本件の場合であっても、その量刑にあたっては、このような実質的逋脱所得・実質的逋脱税額についての考慮が、当然なされてしかるべきなのである。

4 右のように、騙取金である七二二四万二六三〇円については、被告会社においてその返還義務を負うこと及び実際にも右騙取金に更に一〇〇万円の損害金を上乗せして示談が成立していることからすれば、右七二二四万二六三〇円は、実質的逋脱所得という観点からは除外して考えるべきである。そうすると、右七二二四万二六三〇円に対する税額三〇三四万一九〇四円(七二二四万二六三〇円×四二%)を名目上の逋脱税額から控除して実質的逋脱税額を求めるなら、それは五九三一万円となるのである。

三、実質的逋脱税額五九三一万円を基準とすると、被告会社に対する罰金額は、一八〇〇万円が相当な金額である。

原審は、検察官による形式的逋脱税額を基準とした求刑である罰金三〇〇〇万円にそのまま依拠して罰金二五〇〇万円の判決を宣告しているが、これは、実質的逋脱税額である五九三一万円を全く考慮していない点で、不当なものである。既に述べたように、実質的逋脱税額を基準とするならば、その検察官の求刑と同じ三〇%の割合でもって量刑を行ったとしても、その金額は、一八〇〇万円程度をもって相当とするものであって、この金額を著しく超える原審の罰金額は明らかに不当であって破棄を免れないものである。

以上

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